先日20年近く勤めた会社を退社しました。

父と一緒に20年。父も一緒に退社です。

畳材料一筋で父は50年働いてきた。半世紀も働いたんですね。

 

お父さん、お疲れ様でした。まだ体は元気なんで、今後は好きなことをいっぱいしてください。

 

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私が子供で小さいころ、家族は会社の前に住んでいて、いつもイグサや藁(わら)がいっぱい家の前に落ちていた。

畳材料がいっぱいあって、その中で遊んでいた記憶があります。

小学校に上がる頃に、ニュータウンへ引っ越ししてから高校生までは、そんなに畳材料には接してないかな。

 

父親の仕事を見て、私も同じ畳関係の仕事がしたいと子供の頃より何となく思っていた。そして一緒に仕事をすることになりました。

 父は、私にパイロットになってほしかったみたいです。いろんな資料を集めたり、防衛大学にいけばパイロットになれるとか、薦めてくれてたな。

でも、私にそんな能力もなく、就職試験で ANAのパイロットに応募はしましたけど、もちろんダメでした。

でもパイロットの資料は、無駄ではありせんでした。うちの会社に勤めてくれていた事務員さんの息子さんが有効活用し、JALのパイロットになることができました。現在は国際線のパイロットです。

私ってホント期待に応えられない息子です。

 

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私が入社した頃は、バブル後です。でも、やめた現在より畳は生活の中にもっと身近にあった。

 

入社以前の私は、大学時代の一回生のときにウインドサーフィンばっかりして単位を全く取れず、記憶では取れた単位は11単位やったかな?4回生になるまで毎日学校で授業を受けて、ギリギリセーフでなんとか卒業。

いろいろ企業に就職活動で面接に行きましたが、どこも採用してくれず。

 

OB訪問などもしたけど、何がしたいとか、どんな社会人になりたいとか、そんなビジョンが無いのを見抜かれてました。

ホントどうしようもないバカ学生やったな〜って。

自分なんて世の中で必要とされてない、自意識過剰な人間なんだと打ちのめされた記憶だけが残りました。

 

結局、どこも希望する会社に就職できず、父の紹介で畳材料の商社に入社させてもらい、3年ほど勤めました。

その会社では、父が気を使ってくれて、仕入れを増やしてくれていました。私の入社した会社で、父が一番売上が多かったです。父は慰安旅行にも付いてきたこともあります。それほど、その会社と中が良かったわけですが、世の中で言う、私に対する過保護ですよね。

その後その会社を退社して、父の会社に入社した。と言っても、会社が忙しくて手伝えと言われた訳でもなく、父に請われて入社したわけでもなく。社員さんが何人もいたので、人手は足りていた。逆に不必要やったかも。

 

入社したといっても、仕事は営業することなので、得意先回りをしなければなりません。担当の畳店は無いので、自分でお客様を開拓しなければならない。初めは、畳表を買ってくださいなんて、自分より畳の知識の多い初対面の畳店の主人に言う勇気がなかった。

自分が薦める畳表がどれだけ良くて安いか、どうイ草の品質を説明するか、知識やスペックばかりを説明するつもりで情報集めばかりしていた。ホントはこんな講釈をいくら並べてもお客様は買ってくれないのに。20代の私は、商売わかってなかったですね。

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昔取引していた畳店や、現在は取引が無くなった畳店に、父が最初に一緒に付いてきてくれて、自分の担当の畳店を作ってくれた。

私でなくても、誰が売っても売れるような安くて良い畳表を用意してくれて、私でも売れるんだという自信をつけてくれた。

それからは、自分で畳表を仕入れれるように九州の畳表産地に連れていってくれたり、中国に行ったり、仕入先と一緒にゴルフしたり。仕入先の招待旅行に行かせてくれたり。

 

実力もないのに、自信だけ付けてもらえた。

それからは、自分がこの会社で一生やっていくくらい気持ちで、色んな得意先を開拓した。畳店だけでなく、違う業界の販売ルートを作ったり。もちろん一生やっていくつもりでした。この畳材料卸は自分の天職だと思ってやってました。

 

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私が30代頃、うちの会社に修行にきた同業者の息子さんがいた。彼と一緒に和歌山県へ新しく取引してくれる畳店の開拓に行った。

値段が厳しい、そもそも会ってくれない、お金払ってくれないなど、いろいろあったけど、楽しかった。

彼に、どうしてそんなに頑張るんですか?って言われたとき、40代50代になって新規開拓営業したくないから今のうちに多くの畳店とつながっていたいと答えた。

 

でも、たぶん、彼はそんなことを聞きたかったんじゃなかったんだろうなと、今は思う。たぶん会社をやめることを予想していたんだ。そのうちやめるのに、なんで頑張るの?だったんだろう。
 

でも、いろんな意味で無駄じゃなかったということは、今はわかります。経験は残るけど、やらないと何も残らないですもんね。

 

私の弟の友達が入社してくれた時、後輩できてうれしっかった。私は一緒について畳店に配達しながら、彼に畳業界のこと、畳材料のこと、いっぱい話しながら楽しく営業したな。

そして彼とも、いっぱい新規開拓に行った。奈良県は開拓へ行ったり、和歌山県の山奥へ行ったり。彼は、ほんとに良く頑張ってくれた。気遣いがほんとにできるし、人当たりがよく、お客様に大変気に入ってもらっている。そんな彼も10年以上勤めくれている。

もう一緒に働けないのは、ほんとに悲しいし、申し訳ない。ごめん。。

 

妹の旦那の友達も入社してくれた。彼とのいろんな会話が楽しかったし、私の担当の畳店の配達に、よく行ってくれた。ほんと良い奴です。彼も8年も勤めてくれてたんやな〜。月日が経つのは、ホント早いわ。いつまでも新人さんのように接していた。

 

父が会社を退社するなら、私も退社します。(ついでも妻もですけど)

 

私は、もう父の助けもなく、後輩たちもいない、これからは自分でやっていく環境を選んだんですね。

 

あ〜ブログ書いていて涙が出てきた。

 

自分が助けられてきたことが、今ほど感じることはありません。

自分に子供ができて、父がしてくれたことと同じように接してあげたいと思います。過保護にしすぎない程度に(^^)

 

退社が決まってから、夜に目が覚めたり、朝方早く目が覚めたり、気持ちが不安定でした。

やめて1週間経過しました現在も、ふわふわした感じで、何が変わったのか。。。

 

これから、どんな出来事があるんだろう。不安です。いい事ばかりじゃないだろうし。

 

でも、もう後戻りはできなんですね。

頑張ってやるしか無いんですね。